——「サムライシティ」の再考と文化地層を活かした観光戦略——
会津若松市が公式に掲げる「サムライシティ」というブランドは、現状において実態との乖離が著しく、会津が本来持つ豊かな文化地層を糊塗し、ゲストが会津の魅力に触れる機会を奪っている。本提言は「サムライシティ」の廃止を求めるものではなく、その運用の抜本的な見直しと、会津固有の文化地層を活かした観光戦略への転換を求めるものである。
この見直しには緊急性がある。少子化の進行により教育旅行者の絶対数は減少し続け、人口減少により国内旅行者の総数も縮小し続ける。新規観光地の開発余地も限られている。この構造的な環境変化の中で観光施策が持続可能であるためには、リピーターの創出が不可欠である。しかし現状の「サムライシティ」ブランディングは、記号の連鎖によって一回の消費で完結する設計になっており、リピーターを生む構造を持っていない。現状維持のまま分母である旅行者総数が減り続ければ、早々に行き詰まる。
会津若松市の観光ブランディングには、構造的な問題がある。それは「サムライ」と「赤べこ」という二つの記号に過度に依存し、それ以外の文化地層が可視化されない状態——いわば「記号の二項依存」とでも呼ぶべき状態——に陥っていることだ。鶴ヶ城本丸という会津の武家文化・幕末史の核心的な場所に赤べこのオブジェが複数体設置されていることは、その象徴である。赤べこは会津の民芸品として固有性を持つが、本丸という場所との文脈的接続はない。「とりあえずサムライか赤べこをくっつけておけばいい」という発想が、会津の豊かな文化地層を覆い隠している。
この問題の根底には、「武家文化=サムライ」という雑なくくりがある。武家文化は確かに会津に存在した。しかし武家文化のすべてがサムライというアイコンで表現できるわけではない。茶の湯も、学問も、武家料理も、主従の倫理も——それらは「武家文化」ではあっても「サムライ」という記号には収まらない。この等号の粗さが、外の人が「サムライシティ」と聞いて想像する街と実際の街の間に、埋めがたいギャップを生んでいる。