成田広樹・窪田悠介・瀧田健介・前澤大樹

日本言語学会第172回大会ワークショップ / 2026年6月28日(日)

本ワークショップでは、言語学研究における知識の共有と議論の構造化を目的として開発されているオンライン基盤 GrammarXiv(https://grammarxiv.net/)の理念と設計思想を紹介し、その具体的な利用方法を実演する。GrammarXiv は、研究論文、理論的主張、経験的データ、評価、引用関係などを個別のエントリとして登録し、それらの関係(支持、対立、説明関係など)を明示的に記録することにより、研究上の議論や説明体系をネットワークとして可視化することを目指すオープンアクセスなデータベース・ソーシャルプラットフォームである。従来、言語学研究における理論的議論や経験的主張は主として論文という線形的形式で提示されてきたが、その前後にある議論構造や説明関係は必ずしも常に明示的に整理されているとはいえない。GrammarXiv は、そうした研究知識の構造を共有可能な形で記録することで、研究者間の議論をより透明で再利用可能な形にすることを目的とする。

本ワークショップは、複数個人がばらばらに個別的分析案を提示する一般的な研究発表型ワークショップとは異なり、言語学研究における議論や説明関係の相互的対立・依存関係を記述する新しい知識基盤の可能性を紹介することを目的とする。前半では、GrammarXiv の基本理念と設計思想を概説した上で、プラットフォームの主要機能を実際の研究事例に即して紹介する。後半では、参加者とともにハンズオン形式でデモンストレーションを行い、実際にエントリを作成しながら利用方法を体験してもらう。

特に本ワークショップでは、GrammarXiv において研究知識がどのような関係として表現され得るかに焦点を当てる。具体的には、(i) 文献や主張間の支持・対立関係、(ii) 理論的説明関係、(iii) 言語変化や現象間の因果的依存関係といった異なるタイプの知識構造を、実際の言語学研究の例を用いて示す。これにより、研究コミュニティにおける議論の蓄積や理論的発展をどのように可視化できるかを検討する。

本ハンズオンセッションでは、参加者自身にエントリ作成に着手してもらい、ハイブリッド・ディスカッションをリアルタイムにインタラクティブに実施・共有してもらう予定である。新しい知識共有基盤では、「自分がエントリを登録してよいのか」という心理的障壁がしばしば生じるが、本ワークショップでは、実際に短いノートを作成して共有する経験を通じて、こうした障壁を下げ、研究コミュニティにおける協働的知識構築の可能性を探ることを目指す。

<各発表の概要>

窪田悠介: 言語学研究における理論比較関係の記述 / Comparing Theories in Linguistics

GrammarXiv では、研究上の主張や文献間の関係を明示的に記述することができる。本発表では、特に文献間の支持・対立関係(例:truecite、falsecite、incompatible など)を登録する機能を紹介し、言語学研究における理論的対立や議論の構造がどのようにネットワークとして可視化されるかをデモンストレーションする。具体例として、ある経験的主張や分析が他の研究によってどのように支持・反証・競合されているかを登録することで、研究上の論争構造を整理する方法を示す。

成田広樹: 説明関係ネットワークとしての理論体系/Theories as Networks of Explanans-Explanandum Relations

GrammarXiv では、ある主張や理論が別の現象や一般化を「説明する」関係を明示的に登録することができる。本発表では、この説明関係(CanExplain)を利用して、理論的説明体系をネットワークとして表現する方法を紹介する。具体的には、言語理論における説明項と被説明項の関係を登録することで、理論がどのような現象を説明し、どのような説明体系を形成しているかを可視化するデモンストレーションを行う。

成田広樹・瀧田健介: Falsification Triangle: 建設的批判の最小単位/Falsification Triangle: A Minimal Unit of Constructive Critique

言語学研究における理論批判は、単にある主張を否定することではなく、別の独立に支持される命題との不整合を示す形で行われる。本発表では、このような批判構造を falsification triangle と呼び、GrammarXiv 上でどのように記述・可視化できるかを紹介する(Narita et al. forthcoming等を参照)。あるユーザーUや出版物 P が命題 X を批判(falsevote/falsecite)する場合、P は通常、X と両立しない別の命題 Y(データ、理論、または仮説)を提示し、それを支持(truevote/truecite)する形で X の誤りを主張する。GrammarXiv では、この関係を falsevote/falsecite と incompatible 関係の組み合わせとして記述することで表現できる。本発表ではこの批判構造の登録方法と可視化のデモンストレーションを行う。

前澤大樹: 史的統語論における因果関係の可視化/Visualizing Causal Relations in Historical Syntax

GrammarXiv では、言語変化や現象間の依存関係を記録することで、研究者が現象同士の関連性を探索することが可能になる。本発表では、史的統語論の事例を題材として、言語変化の因果的依存関係や現象間の結びつきをどのように記述できるかを紹介する。また、言語変化を扱う上で重要となる年代情報や時間軸の扱いについても触れ、今後の課題と展望について議論する。